山成酒造について
新春の朝、酒蔵から立ちのぼる湯気は新酒造りの始まりを告げる合図
文化元年創業
Our Story
文化元年(1804年)、現在の岡山県井原市に創業して以来、山成酒造は地域の人々に愛されながら220年以上の歴史を重ねてきました。
いまでは希少となった昔ながらの和釜で蒸した酒米を、備中杜氏の伝統技法による「寒仕込み」で仕込んでいます。
一年の中で最も寒い時期に仕込むことで雑菌の少ない寒の水と澄んだ空気に恵まれ、雑味の少ない上質な酒を造ることができます。
清らかな水とこだわり抜いた地元産の酒米、そして手間を惜しまずより良い酒を造ろうとする杜氏や蔵人の熱意がこの先100年も美味しい酒を生み出していくと信じています。
なお、2023年には店舗兼主屋および離れ座敷が国の登録有形文化財に登録されました。
渋沢栄一ゆかりの酒
山成酒造と阪谷朗廬(さかたにろうろ)
備中一橋領(岡山県井原市)の漢学者で一橋藩設立の郷校「興譲館」初代館長です。
朗廬先生の妻(山成恭)と母(山成政)双方の実家(山成酒造)の酒を朗廬先生は愛飲されました。
維新後は東京に出て福沢諭吉の明六社に唯一の漢学者として参加。
交詢社の設立にも尽力されました。
渋沢栄一と阪谷朗廬の出会い
山成酒造がある岡山県井原市(一橋領地)に徳川慶喜から農兵募集を任された栄一が訪れ阪谷朗廬と出会います。
共に語り合い親交を深め、農兵募集は成功裏に終了。
慶喜から厚い信頼を得てその後登用された事で有名。
互いの子供が結婚
朗廬の四男、阪谷芳郎は大蔵次官~大蔵大臣~東京市長として社会に貢献。
栄一の次女琴子と結婚し渋沢家を支えました。
晩年まで母、祖母の実家である山成酒造を想い大切にしていただきました。
明治神宮や外苑を栄一と協力して建立したことも功績の一つです。
栄一が揮毫した山成家建物の俗称「協和堂」(山成酒造所蔵)
井原テロワールの酒作り
IBARA TERROIR
山成酒造では創業以来「すべて井原産の材料で酒を造ること」を目標としてきました。
しかし、井原市内で酒米・雄町を栽培する農家は長く存在せずその実現は容易ではありませんでした。
転機となったのは2021年、井原市芳井町の米農家・熊原康治氏が雄町米の栽培に挑戦されたことです。
これにより、米・水・空気+蔵人という酒造りに欠かせない要素全てが井原の地でそろいました。
こうして井原の風土を映した酒造りが可能となり、2022年に「井原テロワール」を体現する純米吟醸酒を発売しました。
その酒は、芳井町の有志とともに名付けられ、『桜渓(おうけい)』と命名されました。
土地の恵みと人の想いが結実した酒。
それが山成酒造の「井原テロワール」です。
受賞歴
備中の地に創業
大名誉賞受賞
蘭の誉が自醸清酒品評会連続14回優等賞獲得を記念して大名誉賞を授賞しました。
歴史を感じる仕込蔵
仕込蔵は酒造りの中心となる最も重要な場所です。
自慢の和釜で蒸し上げた酒米は、ここで麹や水とともに仕込まれ杜氏と蔵人の手によって丁寧に発酵が進められます。
気温や湿度、醪(もろみ)の状態を日々細かく見極めながらひとつひとつの工程に心を込めて酒を育てています。
ひんやりとした蔵のなかで静かに熟成
明治初期の火災により一度は失われたもののその後再建
谷崎潤一郎と山成酒造
~文豪が愛した小さな酒蔵~
谷崎潤一郎の代表作「細雪」(1936年(昭和11年)発刊)は谷崎潤一郎の妻、松子の四姉妹(森田家:大阪船場の木綿問屋)を描いた名小説です。
森田四姉妹の長女、朝子は卜部詮三(福山市)と結婚します(婿養子として森田家に入る)。
卜部詮三の姪、和(かず、尾道市)は卜部家と交流の深い山成酒造に嫁ぎました。
以上のご縁により、谷崎先生は山成酒造の酒をご愛飲されました。
特に太平洋戦争中は山成酒造と同じ岡山県(現、真庭市)に疎開されていましたので、物資の貧しい状況下においても文筆活動に励まれた先生の為に山成酒造の酒を絶えず供させていただきました。
谷崎先生の揮毫(山成酒造直売所内に飾っております)
杜氏
物静かな杜氏が米と水、そして蔵の空気に耳を澄ませながら仕込む日本酒。
その手から生まれる日本酒は、香りや味わい、そしてその余韻を通して造り手の想いを雄弁に語りかけます。
渡邊良夫(わたなべ よしお)
| 生年月日 | 1983年3月15日 |
| 出身地 | 倉敷市 |
| 趣味 | 将棋、美味しい日本酒を見つける事 |
| 受賞歴 | 2024年全国新酒鑑評会入賞など多数 |
かりんとう職人としての異色の経歴を持つ山成酒造11代目の杜氏です。
酒造りの期間中はほぼ休日もなくすべての工程に気を配る日々が続きます。
昼は体力を使う仕込みに励み、夜中も発酵の進み具合を確かめるため何度も蔵に足を運びます。
それでも、自分の理想の酒へと近づいていく発酵の様子を眺める時間が疲れを忘れさせてくれる何よりの喜びなのだそうです。
昔ながらの設備でどこまで美味しい酒造りができるか挑戦しています。
何事にも丁寧に向き合い、自然の温度変化に寄り添うような酒造りを心掛けています。
この蔵の伝統を継承しつつ、教わった事や研修で学んだ事を取り入れて、毎年進歩して行き上質な酒を造れる杜氏を目指したいです。
造り手
杜氏とともに酒造りを支える蔵人たちも、個性あふれる多才なメンバーです。
米農家の熊原康治さん
「桜渓」で使用する酒米・雄町は、背丈が高く倒れやすいという特性から栽培が難しく、かつては生産量が激減し「幻の米」と呼ばれていました。
その貴重な雄町を、井原市内の酒蔵近くの米作りに適した田んぼで熊原さんが丁寧に育てています。
さらに蔵人として酒造りにも参加し、原料から仕込みまでを支える山成酒造に欠かせない存在です。
蔵人
先代杜氏の山成遠平(前列右から二番目)とともに。
米農家の熊原さんをはじめ、本業がぶどう農家や鍼灸師など異なる分野で経験を積んだ日本酒愛あふれる人材が集っています。
それぞれの知識と感性を持ち寄り、より良い酒造りを目指して日々酒造りと向き合っています。
山成酒造直売所
赤いポストが目印。
店内では日本酒の試飲をご用意しております。